二十四節気は1年を24の節に分け、節気ごとに命名して気候の変化、推移を知り、社会や生活の中で季節感を役立てるものです。

11月11日「世界平和記念日」です。

■11月11日「世界平和記念日」です。■ 141101_28.jpg
大正7年(1918)11月11日パリ郊外コンピエーニュの森に停車中の食堂車2419Dの車内で、マティアス・エルツベルガーを代表とするドイツ軍代表団が連合軍との休戦協定に調印しました。
開戦から4年余り、毒ガス兵器などの大量破壊兵器が初めて使用された第1次世界大戦がドイツ側の敗北により終結した日です。 

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▼第一次世界大戦の勃発
大正3年(1914) 6月28日 、ボスニアで、オーストリア=ハンガリー帝国皇太子のフランツ・フェルディナントが暗殺されました。
このサラエボ事件発生により7月28日、オーストリア=ハンガリーがセルビアに宣戦布告をしたのに始まりです。
戦火は一挙に欧州全土へ拡大していきました。 

▼日英同盟の友誼 
日本は、イギリスが参戦に尻ごみしたにもかかわらず、8月23日ドイツに宣戦を布告、第一次大戦のほぼ開戦と同時に参戦したのです。 
 
日本の参戦理由は日英同盟の友誼(ゆうぎ:友達のよしみ)を理由にしたもので、宣戦の詔勅にも明示されていましたが、日英同盟では日本の参戦を義務づけるものではありませんでした。

◆独逸国ニ対スル宣戦ノ詔書(大正3年8月23日)
 
   http://www.geocities.jp/nakanolib/shou/st03.htm

141101_30.jpg▼ヴェルサイユ条約調印

大正8年(1919)6月28日にフランスのヴェルサイユで調印された、「ヴェルサイユ条約」により、第一次世界大戦は正式に終了しました。
ヴェルサイユ条約は、その制定に際してアジア・アフリカの解放という大義名分が掲げられていたが、事実上はには、戦勝国の賠償規定です。
第一次世界大戦が過去に類を見ないほど悲惨な損害を生み出した戦争であったため、戦勝国の敗戦国への特にドイツに対する報復的な過酷な賠償条件を含んだ内容となっていました。
これが結果的に過酷な賠償条件が、ドイツ国内でナチスの台頭の原因となり、昭和14(1939)年から始まる第二次世界大戦の遠因ともなってしまったことは、とても不幸な歴史だったと言えます。

▼世界平和記念日

主戦場となったヨーロッパの各国では、第一次世界大戦を終えた「ヴェルサイユ条約」調印前の休戦協定調印日の11月11日「戦うことは もうやめよう」と決め、終戦の祝日として「世界平和記念日」として制定しました。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

日本では大正年間の歴史です。現在審議されている「集団的自衛権」についての議論ととてもよく似ています。第一次世界大戦があっという間にヨーロッパ中に広がった経緯とアジア圏での中国の台頭がよく似ているように思います。歴史から学ぶことはとても多いですね。
季節の変わり目です。皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白

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八木宏之プロフィール
セントラル総合研究所・八木宏之
株式会社セントラル総合研究所
代表取締役社長

連帯保証人制度見直し協議会発起人。NPO法人自殺対策支援センターLIFE LINK賛同者。
平成8年、経営者への財務アドバイスなどの経験を活かし、事業再生専門コンサルティング会社を設立。以来14年間、中小企業の「事業再生と敗者復活」を掲げ、9000件近い相談に応えてきました。
事業再生に関わる著書も多く出版。平成22年5月『たかが赤字でくよくよするな!』(大和書房)など多く出版。平成14年、『借りたカネは返すな!』(アスコム)はシリーズ55万部を記録しました。
著書の紹介はこちらから。

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