二十四節気は1年を24の節に分け、節気ごとに命名して気候の変化、推移を知り、社会や生活の中で季節感を役立てるものです。

1月7日「七草(ななくさ)」です。

■1月7日「七草(ななくさ)」です。■
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「七草」とは、1月7日の朝に7種の野菜が入った粥を食べる習わしのことをいいます。 
古代より日本では、年初に雪の間から芽を出した草を摘む習慣に「若菜摘み」があり、これが七草の原点とされていす。「七種の節句:ななしゅのせっく」の略。 これを食すると邪気を祓い万病を除くとされています。 

中国では1月7日のことを「人日:じんじつ」と呼び、古くから「七種菜羹」(ななしゅさいのかん=七種類の野菜の羹:あつもの)を食し、無病を祈る風習がありました。 

平安時代には1月15日に行われ、粥の中身は米・粟・黍(きび)・稗子(ひえ)・みの・胡麻・小豆の七種類の穀類でした。 

江戸時代には、人日は「五節句」の一つに数えられ、将軍以下諸公が七草粥を食する儀礼が行われるなど公式の行事でした。武家や庶民にも「七草」が定着しました。 

◇春の七草◇ 
せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、春の七草 
*芹(せり)*薺(なずな) *御形(ごぎょう) *繁縷(はこべら) *仏の座(ほとけのざ)*菘(すずな) *蘿蔔(すずしろ) 春の七草 

 薺(なずな)=ぺんぺん草、 
 御形(ごぎょう)=母子草、 
 繁縷(はこべら)=はこべ、 
 仏の座(ほとけのざ)=田平子、 
 
菘(なずな)=蕪、 蘿蔔(すずしろ)=大根。 
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これらの七草を6日の夜から7日の朝にかけて、まな板の上で包丁で叩き刻みます。調理中には、子供たちが「七草の囃子唄」を歌い囃します。 
歌詞は地方によってさまざまですが、代表的なものは「七草なずな、唐土の鳥が 日本の土地に 渡らぬ先に トントンぱたり トンぱたり」 
元来は「七草なずな  唐土の鳥と 日本の鳥と  渡らぬ先に 七草なずな  手につみ入れて あみばし  とろき  ひつき  ちりこ げにげにさりげなきようにて 物の大事は侍りけり 」だったようです。 
南九州地方では、この日「七所祝い」が行われます。数え歳七つになる子供が正月7日の朝、お盆を持って近所七件を回ります。そこで七草粥をもらい集めて食べるのです。するとその子は、病気をせず、すくすく育ち、また運も良くなり良縁に恵まれるとされていました。 

150105_21.jpg京都の上賀茂神社では1月7日には「白馬奏覧神事:はくばそうらんじんじ」も行われます。年の始めに「白馬(青馬)」を見ると一年の邪気が祓われるとされています。宮中の「白馬節会(あおうまのせちえ)」を神事化したもので、神前に七草粥を供え、神馬を曳いて、大豆を与えるという神事です。

◇五節句◇
 1月7日、人日(じんじつ) 七草の節句     七草粥
 3月3日、上巳(じょうし)   桃の節句・雛祭り  菱餅や白酒など
 5月5日、端午(たんご)  菖蒲の節句     菖蒲酒/柏餅、ちまき、菖蒲湯
 7月7日、七夕(しちせき) 七夕(たなばた)   裁縫の上達を願い素麺食す(織姫も参照)
 9月9日、重陽(ちょうよう) 菊の節句          菊を浮かべた酒(菊酒も参照) 

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆ 
最近では、スーパーでも「春の七草」が調理方法の手引きと一緒に生鮮食料品として販売されています。   
暦は時代とともに解釈や内容が変化していきます。 「七草」などは暦が生活に密着している証です。
古い習慣と季節感を忘れまいとした日本文化のです。 
絶やさないようにしたいものです。 
正月休みから体調を崩している方も多いことでしょう。 
季節の変わり目です。皆様お体ご自愛専一の程 
筆者敬白

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八木雲水プロフィール
セントラル総合研究所・八木宏之
八木雲水
開運占卦気学祐気方位鑑定

「淮南子」(紀元前170年ごろ編纂)を信奉、陰陽家五行説、古神道、納音、暦を観ながら時の政権の為政者、経営者、リーダーの悩みや向かうべき方向を示唆している。 平成6年、畿内にて陰陽道、道教、妙見信仰を教学、「空」の存在を認識し先人の英知を得る。為政者、経営者へ経世在民を指導、信条の「ともに歩む」を基本に、激変する社会環境でこれからの進むべき道しるべを標榜している。

平成21年首相直轄諮問会議「経済政策諮問会議」メンバー、政策立案にも携わり「中小企業金融円滑化法」立案にコメントする。経済書籍、小説など著書15冊以上を出版、42歳で透析患者、55歳で腎臓移手術以来リハビリの成果で健康的な生活が出来るまでに回復した。 令和2年武漢肺炎(新型コロナウイルス)の慢性既往症ある知人が家族にも看取られないまま悲惨な最期を迎えたと知り、一刻も早いコロナ禍の終焉を願っている。

≪宗旨、所属≫臨済宗雲水、町田宗鳳禅師に師事、天河弁財天社たたら講構成員、祐気採りの会斎主

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