二十四節気は1年を24の節に分け、節気ごとに命名して気候の変化、推移を知り、社会や生活の中で季節感を役立てるものです。

2月16日(旧暦1月朔日)「旧元旦」です。

■2月16日(旧1月朔日)「旧元日」です。■
121225_21.jpg
2月16日(旧1月1日)「旧元日」です。
「元日:がんじつ」は、国民の祝日の一つで「年のはじめを祝う」のを法定の趣旨として昭和23年に制定されました。
 

正月三が日を「元三日:がんさんにち」と呼びますが、元日はその初日をさします。この日の朝を、特に「元旦:がんたん」・「歳朝:さいちょう」・「歳旦:さいたん」などと呼んで1年の始まりを寿ぎます。元日は、宮中の年中行事「元日節会:がんにちのせちえ」に由来します。元正天皇の霊亀2年(716)以来、文武百官を招いて年始を祝ったとされます。

一般の人達にとっては「年神:としがみ=歳神」が来臨するのを祝う「神迎え:かみむかえ」としての大切な行事でした。それぞれの家々には様々な祝い方があり、神社仏閣に初詣に行ったり、晴れ着をつけ屠蘇をいただき、御節料理や雑煮で祝ったりしてきました。

「旦」は「朝」の意。元日の朝の時間帯を「元旦」と呼ぶのが正しい。

「正月」は「1年の初めの月」をいいますが、新年の祝いや行事をも指します。1月を正月と呼ぶのは、「正」が年の初め、年の改まるの意に由来します。そもそも「正月」は「盂蘭盆」と対応するもので、半年ごとに先祖の魂を迎えて祀る性質の行事でした。現在でも年頭墓参の行事が残っている地域もあります。

仏教の110101_2.jpg影響が大きくなるにつれ、盂蘭盆は先祖の供養など仏教的行事の意味合いが濃くなっていきました。正月は神祭りとしての意味合いが強くなり、年神様を迎え新年の豊作を祈る月として、年神の祭りとして性格づけられるようになっていきました。

◆正月とは◆
正月1・2・3日を「三が日」、これは現代でも一般的です。
元日~7日までを「大正月」または「松の内」といいます。
1月7日は「七日正月=七草の節句」、七草粥を食します。
15日は「小正月:しょうしょうがつ=二番正月」、
20日は「二十日正月:はつかしょうがつ=骨正月」と呼ばれ、それぞれを祝う風があります。
一般に正月の終わりは20日とされています。

「新年」とは新しい年・1年のはじめをいいます。暦法によって様々ですが、太陽暦では冬至を過ぎた頃に設定され、旧暦(太陰太陽歴)では立春の頃としています。

150211_22.jpg「元日節会:がんにちのせちえ」は、朝廷の年中行事の一つ。正月1日、朝賀のあと天皇が文武百官を大極殿・豊楽院(紫宸殿)・豊明殿などに招いて、行った年始の宴会のことです。奈良時代の初めには行われ、明治維新までの1200年間も続いた行事です。天皇が豊明殿に出御されます。

はじめに諸司奏と称する諸国の豊作の吉兆を天皇に申し上げる儀式が行われ、中務省が七曜暦を奉ります。

※七曜暦:「七曜具注暦」のことで七曜(日月火水木金土)が記入された暦。

次に、宮内省が「氷様:ひのためし」と「腹赤贄:はらあかにえ」を奉ります。氷様は、氷室に納めた氷を取り出してその厚さを天皇に申し上げる儀式で、氷が厚いほど目出度いとされました。腹赤とは鱒(ます)のことで、食いかけの鱒を順に取り伝え食べる儀式です。
後に、皇族・各将・各省大臣・各国大使などが饗座につき、三献の義、奏楽などが行われます。


トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 2月16日(旧暦1月朔日)「旧元旦」です。

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.kisetsunootayori.com/mt/mt-tb.cgi/925

コメントする

八木宏之プロフィール
セントラル総合研究所・八木宏之
株式会社セントラル総合研究所
代表取締役社長

連帯保証人制度見直し協議会発起人。NPO法人自殺対策支援センターLIFE LINK賛同者。
平成8年、経営者への財務アドバイスなどの経験を活かし、事業再生専門コンサルティング会社を設立。以来14年間、中小企業の「事業再生と敗者復活」を掲げ、9000件近い相談に応えてきました。
事業再生に関わる著書も多く出版。平成22年5月『たかが赤字でくよくよするな!』(大和書房)など多く出版。平成14年、『借りたカネは返すな!』(アスコム)はシリーズ55万部を記録しました。
著書の紹介はこちらから。

2018年2月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28