二十四節気は1年を24の節に分け、節気ごとに命名して気候の変化、推移を知り、社会や生活の中で季節感を役立てるものです。

11月16日(旧10月亥の月亥の日)「旧亥の子餅」です。

■11月16日(旧10月亥の月亥の日)「旧亥の子餅」です。■

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亥の子:いのこ」は、旧暦10月(亥の月)の亥の日に行われる年中行事のことです。「亥の子の祝い」、「玄猪:げんちょ」、「亥の子祭り」ともいいます。

猪(いのしし)の多産にあやかり、亥の月の初めの、亥の日の、亥の刻(午後9~11時)に、新穀でついた「亥の子餅」を食べ、無病と子孫繁栄を祈ります。また「亥の子節供は夕節供」の通り、子供達の行事もすべて夜に行なわれます。

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中国から伝わったもので、古代中国では旧暦10月亥の日亥の刻に穀類を混ぜ込んだ餅を食べる風習から。日本では平安時代頃に始まり、宮中では亥の形をした餅を献上する儀式がありました。次第に貴族や武士にも広がり、民間でも行なわれるようになりました。

室町時代には「白・赤・黄・胡麻・栗」の五色の餅でしたが、近世になって小豆の入った薄赤色の餅となり、やがて牡丹餅となりました。季節的には米の収穫が終わる時期にあたり、稲刈りが無事に終了したことを田の神さまに感謝する収穫祭(刈り上げ祝い)の行事として、特に西日本で盛んに行なわれました。

中国地方などでは、2月の始めの亥の日に「春亥の子」として祝う風習もあります。亥の子の神は2月亥の日に田に降りて稲を守り、秋の刈入れ後の10月亥の日に帰ると考えられていました。

この日、子供達が新ワラを縄などで巻いて棒状にした物を手に持って、村々の家を回り地面を叩きます。これを「亥の子突き」といいます。この時「亥の子餅をつかん者は鬼を生め、蛇を生め、角の生えた子を生め」などと唱え、道すがら餅やお菓子、お小遣いなどを貰って歩きます。餅などを貰うと「繁盛せえ、繁盛せえ」と唱え、何も貰えないと「貧乏せえ、貧乏せえ」と悪たれを言います。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆
171121_12.jpg亥の子餅は子供の健やかな成長を願っての暦注です。発祥が古代中国という以外、詳しい云われは不明ですが、秋の収穫を感謝する祭礼のひとつだったようです。
季節も秋本番から冬に入ります。今年は紅葉が短いそうで駆け足の秋から冬の様相です。
読者の皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白


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八木雲水プロフィール
セントラル総合研究所・八木宏之
八木雲水
開運占卦気学祐気方位鑑定

「淮南子」(紀元前170年ごろ編纂)を信奉、陰陽家五行説、古神道、納音、暦を観ながら時の政権の為政者、経営者、リーダーの悩みや向かうべき方向を示唆している。 平成6年、畿内にて陰陽道、道教、妙見信仰を教学、「空」の存在を認識し先人の英知を得る。為政者、経営者へ経世在民を指導、信条の「ともに歩む」を基本に、激変する社会環境でこれからの進むべき道しるべを標榜している。

平成21年首相直轄諮問会議「経済政策諮問会議」メンバー、政策立案にも携わり「中小企業金融円滑化法」立案にコメントする。経済書籍、小説など著書15冊以上を出版、42歳で透析患者、55歳で腎臓移手術以来リハビリの成果で健康的な生活が出来るまでに回復した。 令和2年武漢肺炎(新型コロナウイルス)の慢性既往症ある知人が家族にも看取られないまま悲惨な最期を迎えたと知り、一刻も早いコロナ禍の終焉を願っている。

≪宗旨、所属≫臨済宗雲水、町田宗鳳禅師に師事、天河弁財天社たたら講構成員、祐気採りの会斎主

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