二十四節気は1年を24の節に分け、節気ごとに命名して気候の変化、推移を知り、社会や生活の中で季節感を役立てるものです。

2月11日「建国記念の日」「旧紀元節」です。

■2月11日「建国記念の日」「旧紀元節」です。■

平成30年は2678回目の紀元節で皇紀2678年です。
「建国記念の日」は、国民の祝日のひとつで、「建国をしのび、国を愛する心を養う」のを法定の趣旨とし、昭和41年に制定されました。


かつて、戦前この日は
「紀元節:きげんせつ」という祝日でした。日本書紀で神武天皇即位の日とする皇紀元年「辛酉年春正月庚辰朔」(紀元前660年正月1日)が、新暦(太陽暦)の2月11日にあたるとして、明治5年12月に制定されました。

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戦後「紀元節」はなくなります。日本国憲法の精神にそぐわないといった理由からでした。しかし、昭和26年頃から復活の動きが起こり、昭和41年に敬老の日と体育の日とともに、国民の祝日に追加されました。
 
150206_22.jpg「建国記念日」ではなく「建国記念の日」なのは、史実に基づく建国の日とは関係なく、建国されたという事象そのものを記念する日という考えによるものです。
 
2月11日という日取りには、根拠が曖昧であるため、様々な主張があります。
しかし、この日は「大日本帝国憲法の発布」「金鵄勲章」の制定などが行われており、大正十五年からは「在郷軍人」などの建国祭の祝賀行事が行われるなど、日本における軍国主義の高揚に大きな役割を果たした日でもあり、重要視されていたようです。
 
150206_23.jpg世界最古にして最長の王家「天皇家」。神武天皇は初代天皇で、名前は「神日本磐余彦尊:かんやまといわれびこのみこと」。「九州日向国(現在の宮崎県)から東征し、瀬戸内海を通って難波(現在の大阪市)に上陸、熊野から吉野を経て大和を平定し、大和の橿原宮に於いて即位された」と日本書紀などに説明されています。


◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

敗戦を経験した日本では、それまでの歴史に問題があるからと、その日の呼び方を変えたりしても内容や意味が変わるものではありません。

私達日本人は自国の伝統ある歴史を客観視することで、何が正しいか判断する豊かさをもちたいものです。
とはいっても、休日が一日増えることは嬉しいと思うのが庶民でしょう。
歴史の事実より休める休日、意味はその後といったところでしょうか、平和な証拠です。

筆者敬白 

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八木宏之プロフィール
セントラル総合研究所・八木宏之
株式会社セントラル総合研究所
代表取締役社長

連帯保証人制度見直し協議会発起人。NPO法人自殺対策支援センターLIFE LINK賛同者。
平成8年、経営者への財務アドバイスなどの経験を活かし、事業再生専門コンサルティング会社を設立。以来14年間、中小企業の「事業再生と敗者復活」を掲げ、9000件近い相談に応えてきました。
事業再生に関わる著書も多く出版。平成22年5月『たかが赤字でくよくよするな!』(大和書房)など多く出版。平成14年、『借りたカネは返すな!』(アスコム)はシリーズ55万部を記録しました。
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