二十四節気は1年を24の節に分け、節気ごとに命名して気候の変化、推移を知り、社会や生活の中で季節感を役立てるものです。

4月4日、日本三大御田植祭「佐原、香取神宮 御田植祭」です。

■4月4日「佐原、香取神宮 御田植祭」です。■

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下総国一宮「香取神宮」の旧社格は官幣大社。日本全国に約400社ある香取神社の総本社です。御祭神は「経津主大神:ふつぬしのおおかみ」で、又の御名「伊波比主命:いはひぬしのみこと」といいます。
神武天皇18年(紀元前643)の創建。平安時代に「神宮」の称号で呼ばれていたのは、延喜式神名帳によると「伊勢神宮」「鹿島神宮」「香取神宮」の3社だけで、鹿島神宮・香取神宮とともに蝦夷に対する大和朝廷の前線基地でした。関東地方を中心に全国に分社の「香取神社」があります。

190405_30.jpg経津主大神は、出雲の国譲りの神話に出ている神様です。はるか昔「天照大神」(伊勢神宮・内宮の祭神)が日本の国を治めようとしましたが、荒ぶる神々が争い乱れていました。大御神は八百万神に相談すると、「天穂日命:あめのほひのみこと」がすぐれた神であるということで遣わされましたが、出雲国の「大国主神:おおくにぬしのかみ」に従ってしまったので、次に「天稚彦:あめのわかひこ」が遣わされました。
天稚彦もまた忠誠の心なく「顯國玉神:うつしくにたまのかみ」の娘の「下照姫:したてるひめ」を妻として、自ずから国を乗っ取ろうとしましたが、亡くなってしまいました。大御神が「八百万神」に慎重に相談させると、神々が口を揃えて「経津主神」こそふさわしいと申し上げ、そこへ「武甕槌大神:たけみかづちのかみ=鹿島神宮の祭神」が申し出られたので、共に出雲に派遣されることになりました。
190405_31.jpg経津主・武甕槌の二神は、出雲国の稲佐の小汀(いなさのおはま)に着いて「十握剣:とつかのつるぎ」を抜いて逆さに突き立て武威を示されると、大国主神は大御神の御命令に全く異議はありませんということで、「平国の広矛:くにむけのひろほこ」を受け取り、二神は日本の国を平定して大御神の元へ復命されました。

香取神宮の御田植祭は、伊勢神宮大阪住吉大社とならび「日本三大御田植祭」の一つに数えられています。風水害なく無事に田植えを終え、秋の五穀豊穣を祈願するお祭りです。

初日の耕田式、翌日の田植式と2日間にわたって行われ、耕田式では拝殿の前庭において鎌・鍬・鋤・牛を使っての田植え前の田を耕す風景を模した儀式が行われ、舞女の田舞の歌や早乙女手代の田植え歌が奏されます。

植式では8人の稚児大華傘の下で参列し、地元の少女たち12名による田舞が奉納されます。神職等が参道を進み、神田へ向かい、実際に田植えの儀式が行われます。早乙女手代が田植え歌を唄いながら苗を植える姿は、昔の稲作風景を伝えるほのぼのとしたもの。この時期は例年桜の見頃となり、境内は桜に包まれ、祭りに一層の彩りを添えます。


120318_24.jpg香取神宮
◇千葉県香取市香取1697
◇JR成田線「佐原駅」から香取行きバス終点
香取神宮Web:
http://www.katori-jingu.or.jp/

◇◇◇◇編集後記◇◇◇◇
日本三大御田植祭は千葉の香取神社、大阪の住吉大社、、伊勢神宮です。一説には志摩の伊雑宮も含まれます。お田植え祭はどれも春先の桜の時期でいい季節柄です。最近では古来からの稲作風景を再現する催しが一般的です。
暦の上では清明を迎え、観光にはとてもよい季節です。ぜひ御田植え祭り見物にお出かけください。日本のルーツを見る思いですよ。
日が沈んで夜になると冷え込みます。お風邪など召さないように一枚多めに着込んでお出かけください。

読者の皆様、時節柄お体ご自愛専一の程
筆者敬白

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八木雲水プロフィール
セントラル総合研究所・八木宏之
八木雲水
開運占卦気学祐気方位鑑定

「淮南子」(紀元前170年ごろ編纂)を信奉、陰陽家五行説、古神道、納音、暦を観ながら時の政権の為政者、経営者、リーダーの悩みや向かうべき方向を示唆している。 平成6年、畿内にて陰陽道、道教、妙見信仰を教学、「空」の存在を認識し先人の英知を得る。為政者、経営者へ経世在民を指導、信条の「ともに歩む」を基本に、激変する社会環境でこれからの進むべき道しるべを標榜している。

平成21年首相直轄諮問会議「経済政策諮問会議」メンバー、政策立案にも携わり「中小企業金融円滑化法」立案にコメントする。経済書籍、小説など著書15冊以上を出版、42歳で透析患者、55歳で腎臓移手術以来リハビリの成果で健康的な生活が出来るまでに回復した。 令和2年武漢肺炎(新型コロナウイルス)の慢性既往症ある知人が家族にも看取られないまま悲惨な最期を迎えたと知り、一刻も早いコロナ禍の終焉を願っている。

≪宗旨、所属≫臨済宗雲水、町田宗鳳禅師に師事、天河弁財天社たたら講構成員、祐気採りの会斎主

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