二十四節気は1年を24の節に分け、節気ごとに命名して気候の変化、推移を知り、社会や生活の中で季節感を役立てるものです。

5月3~4日「博多どんたく 港まつり」です。

■5月3~4日「博多どんたく 港まつり」です。■
150504_24.jpg博多を代表する祭りの一つ「博多どんたく港まつり」は、毎年5月3日と4日に開催される動員数200万人を超える国内最大級の祭りです。
 
京都で室町時代に盛んに行われた年頭に福を祝って行う芸事「松囃子:まつばやし」の習慣が、博多にも伝播し博多松囃子として形成発展したのが始まりと伝わります。
 
福禄寿・恵比須・大黒天の「三福神」と「稚児」が松囃子に、趣向を凝らした出で立ちの「通りもん」の構成が、現在のどんたくの原型でです。

江戸時代の博多松囃子は、福岡城へ福岡藩の藩主を表敬するため正月15日に年賀行事として行われていました。明治維新後、明治5年までは、福岡知藩事・黒田長知有栖川宮熾仁親王に年始の表敬を行いました。
 
しかし、金銭を浪費し、かつ文明開化にそぐわないという理由で、明治5年11月に福岡県からの通達で「山笠」や「盆踊り」とともに正月の「松囃子」は禁止されてしまいました。
 
明治時代以降の「松囃子」「どんたく」は、紀元節の祝賀に、明治20年代からは鎮魂祭(招魂祭)に、日露戦争勝利の祝賀会や大正天皇や昭和天皇の即位など、国の祝事に参加していましたが、昭和13年には、戦前の松囃子どんたくは中止となりました。
 
120417_46.jpg大東亜戦争終結後の昭和21年(1946)5月に、「博多復興祭」として空襲被災後の瓦礫の中で子供山笠とともに松囃子どんたくが復活。肩衣を紙で作り、馬はハリボテを首から胸に下げ、三味線、太鼓などは戦災を免れたところから借り集めて、博多どんたくの囃子を瓦礫の町に響かせながら練り歩いたことが、復興へ大きな勇気を与えました。
 
翌年には福岡商工会議所が中心となって、戦後初めてのどんたくが開催されました。3台の花電車に16か所の仮設舞台など現在のどんたくの形式の誕生です。
 
昭和37年(1962)には「福岡市民の祭り振興会」が結成され、どんたくは「博多どんたく港まつり」改称。市民祭りとして広く一般市民から参加者を募り、博多にとらわれず福岡市全体の祭りとして定着し、山陽新幹線が博多まで延伸した昭和50年(1975)には、市外県外からの見物客が増大しました。
 
「どんたく」は、オランダ語で「日曜日」を表す語、「Zondag・ゾンターク」が訛った言葉です。明治政府制定の祝日を指す言葉として明治4年から政府が広めた言葉であるとも。主として「四大節」を指していました。
 
120419_59.jpg現在でもよく使われる「半どん」も「半分どんたく」という意味で、これが各地に広がったものです。現在では「どんたく」と言えば「博多どんたく」を示す言葉として定着しています。
 
祭りでは「どんたく隊」と呼ばれる様々なグループが演舞を披露します。どんたく隊は各種団体や企業、学校、他都市からの観光PR団体、そして有志の集まり等により構成されます。企業のどんたく隊は団結力を高めるなどとして新人社員教育に活用されています。
 
踊りのときに拍子木や鳴子ではなく「しゃもじ」をよく用いますが、これは食事の用意をしていた商家のおかみさんが、どんたくの囃子につられて外に飛び出し、手にあったしゃもじを叩いて囃子に加わったのが始まりとか...。
 
羽織を裏返して着る「肩裏:すらせ」は、粋な着こなしとしてどんたくで目にします。これに「かるさん袴」を合わせ、背に「預かり笹」を挿し、頭には「頭巾」あるいは博多にわかの「にわか面」を付けるのがポピュラーな出で立ちです。
 
松囃子の通りもん(行列)を迎える側は、お祝儀の「1束1本・いっそくいっぽん」を用意します。半紙1束と白扇1本のことで、三方に乗せて渡します。

博多どんたく開催地
◇福岡県福岡市博多区・中央区一帯
◇JR「博多駅」すぐ
参考HP:
http://www.fukunet.or.jp/dontaku/

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆
日本人なら、知らない人がいないほど有名な「博多どんたく」です。2日間にわたり昼夜盛大なパレードなどが続く地域挙げての大祭です。季節柄GW最中でこれから梅雨に入る前です。是非お出かけになって勢いを感じてください。
時節柄お体ご自愛専一の程
筆者敬白

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八木宏之プロフィール
セントラル総合研究所・八木宏之
株式会社セントラル総合研究所
代表取締役社長

連帯保証人制度見直し協議会発起人。NPO法人自殺対策支援センターLIFE LINK賛同者。
平成8年、経営者への財務アドバイスなどの経験を活かし、事業再生専門コンサルティング会社を設立。以来14年間、中小企業の「事業再生と敗者復活」を掲げ、9000件近い相談に応えてきました。
事業再生に関わる著書も多く出版。平成22年5月『たかが赤字でくよくよするな!』(大和書房)など多く出版。平成14年、『借りたカネは返すな!』(アスコム)はシリーズ55万部を記録しました。
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