二十四節気は1年を24の節に分け、節気ごとに命名して気候の変化、推移を知り、社会や生活の中で季節感を役立てるものです。

5月25日「東京上野、五条天神祭」です。

■5月25日「東京上野、五条天神祭」です■
kt13_08.jpg五条天神社:ごじょうてんじんじゃ」は、古来より医薬、禁厭(きんえん=まじない)の神として信仰されます。第12代景行天皇時代、日本武尊が東夷征伐の折り、上野忍が岡を通った際に「薬祖神」(祭神2柱)の加護に感謝し祀ったのが始まりです。

◆五条天神由緒

五條天神は、景行天皇(第12代天皇(在位:実在したとすれば4世紀前半)で日本武尊の父。)の御代、日本武尊(ヤマトタケル)、蝦夷征伐の為、忍ヶ岡を御通行の際、二柱の大神(大己貴命、少彦名命)が奇瑞を現し(めでたいことの前ぶれとして起こる不思議な現象)、難儀を救い給うた事に感じて、両神をお祀りなされましたのがその創祀です。

120507_19.jpg大己貴命は大国主命とも申し、「山またの大蛇」を退治なされました須佐之男の命の御子で「いなばの白兎」「大国様と白ねずみ」等、神話や童話で知られて居り、又縁結びの信仰も厚い神様です。
少彦名命(七福神のえびす様)は、大国主命の手のひらに乗ったと云はれる非常に小さな神様で、神産日神の御子、蛾の皮の着物に豆の実のさやを舟にして出雲の国に御到着になり、ここで大己貴命と兄弟の縁を結び始めて国民に薬の術と病をなをす方法、又お酒の作り方等もお教えになり、国土の開発に力を尽くされました。

相殿にお祀りしてあります菅公(菅原道真公)は、江戸時代初期の寛永十八年に合祀、(相殿とは、主神に対して後から合祀、又は配祀せられた神様)
社地は寛永寺の境内拡張により、当時の神職屋敷内に、大正に至るまで遷座されましたが、昭和3年に上野の現地に遷座されました。

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当社は古くから「天の神」を祀ることにより「五條天神」と称され東都では有数の古社です。古くから「薬祖神」としての尊崇が篤く、平成22年5月、鎮座壱千九百年記念大祭が斎行されました。由緒ある御社です。 
以来、1890余年の間「東の大洗磯崎神社」(茨城)「西の少彦名」(大阪)とともに「三薬祖神」の一つとして敬われてきました。また、「江戸三大天神」(亀戸天神社・谷保天神社)の一つにも数えられています。
 
120507_20.jpg因みに、谷保天神(谷保天満宮=東京都国立市)は、郊外にあるので参詣途中で日が暮れてしまうとか。なので「野暮天神」といわれ、野暮天の語源となったといわれています。
 
大己貴命:おおなむちのみこと」と「少彦名命:すくなひこなのみこと」の祭神2柱は、兄弟の緑を結び、疫病や耕病に苦しむ人々に製薬と治療の方法を授けたことから医薬の祖神として信仰されました。
 
江戸時代初期、当時の神職の瀬川屋敷内に「歌道の租」として祀られ、菅原道真が後に合祀されたとされ「下谷天満宮:したやてんまんぐう」といわれていました。瀬川屋敷は後に「五条天神社門前町」となり、社殿は大正13年に現在地へ移りました。
 
120507_21.jpg五条天神では、節分に「うけらの神事」という古式ゆかしい独特の豆まきを行います。天神祭では、神楽の奉納・神輿渡御など。大道芸が見られるのも上野公園ならではです。上野の杜を本神輿と女神輿が渡御します。
 
日本橋にある「東京薬事協会」ビル屋上には、分霊を祀る薬祖神社があり、例祭・医薬祭などが行われています。
 
五条天神社
◇東京都台東区上野公園4-17
◇JR・営団地下鉄・京成電鉄「上野駅」徒歩7分
◇公式Web:http://www.gojotenjinja.jp/gojotenjin.html
 
◇◇◇◇編集後記◇◇◇◇
5月の江戸の祭りといえば「三社祭り」「神田祭り」が有名です。上野の五条天神祭、湯島天神祭は、暦の上では「梅雨」入り前の祭礼で、残念ながら天候に恵まれないこともあります。
季節の変わり目です。お出かけの際には、お体ご自愛専一の程
筆者敬白

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八木雲水プロフィール
セントラル総合研究所・八木宏之
八木雲水
開運占卦気学祐気方位鑑定

「淮南子」(紀元前170年ごろ編纂)を信奉、陰陽家五行説、古神道、納音、暦を観ながら時の政権の為政者、経営者、リーダーの悩みや向かうべき方向を示唆している。 平成6年、畿内にて陰陽道、道教、妙見信仰を教学、「空」の存在を認識し先人の英知を得る。為政者、経営者へ経世在民を指導、信条の「ともに歩む」を基本に、激変する社会環境でこれからの進むべき道しるべを標榜している。

平成21年首相直轄諮問会議「経済政策諮問会議」メンバー、政策立案にも携わり「中小企業金融円滑化法」立案にコメントする。経済書籍、小説など著書15冊以上を出版、42歳で透析患者、55歳で腎臓移手術以来リハビリの成果で健康的な生活が出来るまでに回復した。 令和2年武漢肺炎(新型コロナウイルス)の慢性既往症ある知人が家族にも看取られないまま悲惨な最期を迎えたと知り、一刻も早いコロナ禍の終焉を願っている。

≪宗旨、所属≫臨済宗雲水、町田宗鳳禅師に師事、天河弁財天社たたら講構成員、祐気採りの会斎主

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