二十四節気は1年を24の節に分け、節気ごとに命名して気候の変化、推移を知り、社会や生活の中で季節感を役立てるものです。

6月4日「伝教大師忌」です。

■6月4日「伝教大師忌」です。■

kt14_21.jpg日本の天台宗を開いた平安時代の僧「最澄:さいちょう」は、近江国(滋賀県)滋賀郡古市郷(現在の大津市)に生れました。俗名は三津首広野(みつのおびとひろの)。諡号:伝教大師

12歳で「近江国分寺」に入り、行表の弟子となりました。14歳で最澄と改名。19歳で東大寺で具足戒を受け、比叡山に登り大蔵経を読破。

当時の仏教は「国を護る」のが主な目的でした。僧は寺院外での活動を制限され、一般の人々に仏教の教えを説くことは禁止されていました。

120518_28.jpg奈良時代の仏教の考え方は「仏性は特定の人しか持つ事が出来ない」とされていました。仏性とは、人が生まれながらに持つ「仏となる能力」のことです。

最澄は、この考え方に疑問を持ち、「仏教の本来の姿は、一切衆生を救うことにあるはず」と考え、そして、比叡山に篭もって、様々な経典を読み研究します。

120518_29.jpgここで「すべての人間の仏性は平等であり、人は誰でも仏になれる」という天台宗の考えに出会います。

804年、門弟の義真を通訳に連れ、空海と同じく九州を出発。天台山に登り「天台教学」を学びます。805年、帰国した最澄は、比叡山で天台宗の教えを広め、翌年の806年「天台宗」が正式に認められます。

190529_21.jpg天台宗では「法華経:ほけきょう」を最高の聖典とし、「仏を信じれば、誰でも仏になれる」と教えています。この考え方を「大乗仏教:だいじょうぶっきょう」といいます。
四宗兼学」として、法華経・大乗仏教の戒律・禅・密教の4つを柱としています。
正式な僧になるためには、試験に合格し、戒律を授かることが必要です。戒律を授かる施設のことを「戒壇」といいます。当時は、戒壇は東大寺にあり、最澄はそこで戒律を受けています。

822年、病死。桓武天皇時代の年号「延暦」から「延暦寺」と改名。(※年号由来の寺名を持つ寺院は格式が高い)この後、延暦寺は仏教の学問の中心となり、後の時代に活躍した多くの僧は、この延暦寺で学んでいます。866年、朝廷より「伝教大師」という尊称がおくられました。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆
190529_22.jpg伝教大師忌を機会に先祖供養ししましょう。梅雨時前の命日に墓参をお勧めします。
もうすぐ「入梅」で、梅雨に入ります。梅雨が明ければ本格的な夏!今年は梅雨入り前から暑い日が続いています。読者の皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白

 

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八木雲水プロフィール
セントラル総合研究所・八木宏之
八木雲水
開運占卦気学祐気方位鑑定

「淮南子」(紀元前170年ごろ編纂)を信奉、陰陽家五行説、古神道、納音、暦を観ながら時の政権の為政者、経営者、リーダーの悩みや向かうべき方向を示唆している。 平成6年、畿内にて陰陽道、道教、妙見信仰を教学、「空」の存在を認識し先人の英知を得る。為政者、経営者へ経世在民を指導、信条の「ともに歩む」を基本に、激変する社会環境でこれからの進むべき道しるべを標榜している。

平成21年首相直轄諮問会議「経済政策諮問会議」メンバー、政策立案にも携わり「中小企業金融円滑化法」立案にコメントする。経済書籍、小説など著書15冊以上を出版、42歳で透析患者、55歳で腎臓移手術以来リハビリの成果で健康的な生活が出来るまでに回復した。 令和2年武漢肺炎(新型コロナウイルス)の慢性既往症ある知人が家族にも看取られないまま悲惨な最期を迎えたと知り、一刻も早いコロナ禍の終焉を願っている。

≪宗旨、所属≫臨済宗雲水、町田宗鳳禅師に師事、天河弁財天社たたら講構成員、祐気採りの会斎主

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