二十四節気は1年を24の節に分け、節気ごとに命名して気候の変化、推移を知り、社会や生活の中で季節感を役立てるものです。

明日、8月7日(旧暦7月7日)「七夕(たなばた)」「織女・夏彦、七夕物語」です。

■8月7日(旧暦7月7日)「七夕(たなばた)」です。■
120625_22.jpg七夕:たなばた・しちせき」は、五節句のひとつで、7月7日の称。旧暦7月7日の夜のことをいいます。七夕祭、星祭。日本、中国、越南(ベトナム)、朝鮮、台湾などにおける節供、節日になっています。
日本では、明治改暦以降は7月7日、または月遅れの8月7日に七夕祭りが行われます。

中国暦においては7月は秋の最初の月「孟秋:もうしゅう」で、7日は上弦の月となります。初春=孟春、初夏=孟夏、初秋=孟秋、初冬=孟冬。七夕は、秋の季語となります。

120625_23.jpg七夕の行事にはいくつかの流れがあり、それらが複合して七夕の習慣が出来上がったと考えられています。古くは「棚機」と書きました。一般的に「七夕:しちせき」を「たなばた」と発音するのはその名残です。もともと中国の行事で、日本には奈良時代に伝わり、日本の「機織津女:たなばたつめ」の伝説と習合して生まれました。

◆七夕の起源(1)◆
◇お盆・乞巧奠の習合◇
日本古来の豊作を祖霊に祈る祭礼の「盆・ぼん」に中国から伝来した女性が針仕事の上達を願う「乞巧奠・きこうでん」などが習合したものと考えられています。もともと盆の行事の一部が独立した行事になったのもで、笹には「精霊(祖先の霊)」が宿るといいます。

◇「棚機津女の伝説」(古事記)◇
120625_24.jpg棚機津女の伝説は、村の災厄を除いてもらうため水辺で神の衣を織り、神の一夜妻となるため機屋で神の降臨を待つ棚機津女という巫女(みこ)の伝説です。

この伝説と乞巧奠の行事が結びつき、奈良時代に宮廷や貴族の行事になり、やがて民間にも普及し、女子が裁縫の上達を祈る星祭の行事として続いてきました。

笹竹を立て、五色の短冊に詩歌を書いたりして、習字や裁縫など手習い事の上達を願う習俗は、寺子屋が普及した江戸時代になってからのことです。


◆七夕の起源(2)◆
もう一つの流れは、7月の盆の先祖祭の前に、穢れを祓い清める行事。なので、七夕の日には水浴を大切な行事とした所が多く、髪を洗ったり、子供や牛馬に水浴びをさせたり、墓掃除をしたり、井戸をさらったりする風が残されています。水浴びを「ねむり流し」「ねぶた流し」ともいいました。

青森で行われる「ねぶた祭り」も、本来は穢れを水に流す「禊の行事」でした。ねぶた(ねぷた)は「眠たさ」のことで、睡魔を追い払う行事です。秋田の「竿灯」も七夕祭の一つです。


■■「織女・夏彦、七夕物語」■■
昔、中国の漢水のほとりに、織女(しょくじょ)という機織の上手な美しい娘が住んでいました。織女は天帝の自慢の娘でした。天帝は、娘が年頃になったので、農耕に熱心な夏彦を婿に迎えてやりました。

ところが、夫婦となった二人は夫婦生活が楽しく、織女は機を織らなくなり、夏彦は牛を追わなくなってしまいます。怒った天帝は夏彦を漢水の対岸へ追放してしまいました。

毎日泣き続ける織女を可愛そうに思った天帝は、年に一度、7月7日だけ、夏彦が逢いに来ることを許しました。その日が来ると、夏彦は漢水を渡って織女に逢いに行きました。

しかし、7月7日に雨が降ると漢水の水かさが増し、川を渡る事が出来ません。二人を哀れんで無数のカササギがやってきて、橋を掛けてくれるのでした。

※カササギ=烏科の雑食。全体は黒色で胴は白色、尾が長いのが特徴です。唐津、伊万里を除く佐賀県全域と福岡県の一部が、生息地として天然記念物に指定されています。

110705_1.jpgこの物語の「織姫星」「織女星」は「こと座(琴座)」の一等星「ベガ」に、「夏彦星」「彦星」は牽牛星わし座の「アルタイル」に、「漢水」は「天の川」に移して考えられるようになりました。一等星ベガは他の一等星とともに夏の第三角形を形成します。

7月7日は梅雨の時期なので雨の日が多く、七夕に降る雨を「酒涙雨・さいるいう」といい、織姫と彦星が流す涙と伝えられています。

祭りは7月6日の夜、つまり7月7日早朝に行われます。殆どの神事は「夜明けの晩」=午前1時に行われるのが常です。午前1時頃には天頂付近に主要な星々が上り、天の川・牽牛星・織女星が最も見ごろになる時間帯です。

短冊に願い事を書き、葉竹に飾ることが一般的で、この風習は江戸時代から始まったもので日本独特のものです。因みに織姫と彦星が願いを叶えてくれるわけではありません。短冊に書く願い事は「手習い事の上達祈願」が本当です。

五色の短冊」は、陰陽五行説の五色で、青・赤・黄・白・黒の5色です。中国では短冊ではなく、五色の糸を吊るします。海の近くでは、短冊を飾った笹を7月6日に飾り、翌7日に海に流すなどの風習もあります
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◇◇◇◇編集後記◇◇◇◇
東日本大震災で「東北三大祭り:七夕・竿灯・ねぷた」が脚光を浴びました。以後は三大祭りが拡張して「東北六魂祭り」を改め「東北絆まつり」として互いに励ましあっています。

思い起こせば明治維新のとき、徳川幕府に忠誠を尽くし、奥州同盟と称して新政府に叛旗翻していた東北の各藩は、東日本大震災でまた一致団結しました。
明治維新当時、新政府は当時の会津藩を他藩の見せしめの為に、完膚なきまで叩き潰し、幼少の子孫まで自害に追い込みました。後世に伝わる「白虎隊」です。奇しくも事故のあった福島原発が会津藩のある福島県とは何かの因果怨念でしょうか。

体調管理の難しい時期です。読者の皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白

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八木宏之プロフィール
セントラル総合研究所・八木宏之
株式会社セントラル総合研究所
代表取締役社長

連帯保証人制度見直し協議会発起人。NPO法人自殺対策支援センターLIFE LINK賛同者。
平成8年、経営者への財務アドバイスなどの経験を活かし、事業再生専門コンサルティング会社を設立。以来14年間、中小企業の「事業再生と敗者復活」を掲げ、9000件近い相談に応えてきました。
事業再生に関わる著書も多く出版。平成22年5月『たかが赤字でくよくよするな!』(大和書房)など多く出版。平成14年、『借りたカネは返すな!』(アスコム)はシリーズ55万部を記録しました。
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