二十四節気は1年を24の節に分け、節気ごとに命名して気候の変化、推移を知り、社会や生活の中で季節感を役立てるものです。

9月29日「曹洞宗、両祖忌」です。

■9月29日「曹洞宗両祖忌」です。■

0909_25.jpg曹洞宗の開祖道元:どうげん」は、鎌倉時代の禅僧。日本に歯磨洗面、食事の際の作法や掃除の習慣を広めたことで知られます。
 
4歳にして漢詩を、7歳の時には「春秋左氏伝」を、9歳で「倶舎論」を読んだという稀に見る才能を現した道元でしたが、8歳の時に母を亡くします。世の無常を感じた道元は、次第に仏教に惹かれ、13歳で比叡山延暦寺の良顕(母方の叔父)を訪ね、翌年に出家し仏門に入ります。このとき「仏法房道元」と改名。
 
ところが、比叡山での修行中に大きな疑問を抱き、比叡山を降ります。真の仏法を学ぶため、貞応2年(1223)、宋に渡って諸山を巡り、曹洞宗天童山の如浄禅師のもとに参じ入門します。ここで修行中「只管打坐しかんたざ=ただ一心に座る」★を極め、印可を受けます。
 
110920_20.jpg帰国後、建仁寺で「普勧坐禅儀」を著します。後に、京都深草の安養院にて「正法眼蔵」の第一巻となる「弁道話」を著し、これは開宗宣言とも言われます。
 
天福元年(1233)深草に興聖寺を建立。道元34歳。只管打坐の仏法を実践する道場には、人々が次第に集まり、僧団も拡大していきました。
 
比叡山の迫害を受け続けた道元は、寛元元年(1243)波多野義重の招きで、越前志比庄に移転します。寛元2年(1244)修行道場「大佛寺」を開きます。翌々年「永平寺」※に改められました。
 
建長5年(1253)病床で「正法眼蔵」最後の巻八大人覚」を著し、弟子の孤雲懐奘(こうんえじょう)に永平寺を譲り、療養のため京へ向かいます。
 
同年8月28日、俗弟子の屋敷・京都高辻西洞院で死去。享年54歳。死因は瘍とされています。

永平寺」は、本尊を釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏とする曹洞宗大本山で、山号を吉祥山と称す出家参禅の道場で、永平とは「永久和平」の意。
 
室町時代「曹洞宗第1道場」の勅額を得て、日本の禅修行の場として歴史を刻んできました。33万平方mの広大な敷地には、山門・仏殿・法堂・僧堂・大庫院・浴室・東司、修行の中心となる「七堂伽藍」など、70余棟の建物は、樹齢600年を越える老杉の巨木に囲まれ、静かに佇んでいます。約150名の雲水たちは、荘厳な雰囲気の中で、道元が定めた厳しい作法により禅の修行を営んでいます。
120915_21.jpg大本山「總持寺」※を開かれた曹洞宗の母と称される太祖常済大師(瑩山禅師)は、正中2年(1325)8月15日に、石川県羽咋市の永光寺にて、58歳で示寂されました。
 
道元禅師、瑩山禅師両祖大師の示寂された両日を、近代に入って太陽暦に換算したところ、不思議なことに、いずれも9月29日となりました。この日「両祖大師のご命日」として、「両祖忌」と定めました。
 
曹洞宗のお寺では、この日、道元禅師と瑩山禅師の両祖の御遺徳を偲び、報恩感謝の法要を営みます。

180923_21.jpg「少欲知足:しょうよくちそく」=足るを知る。貧しいことが善でもありません。豊かなことが悪でもありません。貧富にかかわらず貪欲の心が起こるとき、人は美しい心を失います。仏心とは足ることを知る心のことです。(道元禅師のメッセージより)
 
「無価大宝:むげたいほう」=人の価値は、地位や財産や職業に関係ありません。知識や能力だけで人を評価すると、過ちを招きます。知識を生かす心に行いこそ大切。人の価値は心と行いから生ずるのです。

180923_22.jpg「只管打坐:しんかんだざ」=ただひたすら一心に座る。世間では「目的のない行為」は存在しないというのが通説ですが、何も求めない生き方。今は、今しかない。そして今を切にに生きる。そこから将来が生じてくるのです。座禅の心得から、生き方の心得を示しています。

永平寺
◇福井県吉田郡永平寺志比5-15
◇えちぜん鉄道「永平寺口駅」~バス「永平寺門前」
◇北陸自動車道「福井北IC」~国道416号約5km
◇参考ブログ
http://www.mitene.or.jp/~katumin/

総持寺
◇神奈川県横浜市鶴見区鶴見2-1-1
◇JR京浜東北線、鶴見駅西口より徒歩(約7分)
◇京浜急行線、京急鶴見駅より徒歩(約10分)
◇公式HP
http://sojiji.jp/index.html

◇◇◇◇編集後記◇◇◇◇
東日本大震災で、福島第1原発所長だった原発事故当時の故吉田所長(享年58歳)は、精根尽きて現場から離れ、2013年に他界しました。
当初は髪の毛も黒々していて生気に満ち溢れていましたが、白髪が混じりで疲れた姿は、仕事の熾烈さを感じます。
危険な業務にも果敢に取り組む姿勢は、どこか深い仏心を感じざるを得ませんでした。
ご冥福をお祈りします。

読者の皆様、季節の変わり目です。お体ご自愛専一の程
筆者敬白

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八木雲水プロフィール
セントラル総合研究所・八木宏之
八木雲水
開運占卦気学祐気方位鑑定

「淮南子」(紀元前170年ごろ編纂)を信奉、陰陽家五行説、古神道、納音、暦を観ながら時の政権の為政者、経営者、リーダーの悩みや向かうべき方向を示唆している。 平成6年、畿内にて陰陽道、道教、妙見信仰を教学、「空」の存在を認識し先人の英知を得る。為政者、経営者へ経世在民を指導、信条の「ともに歩む」を基本に、激変する社会環境でこれからの進むべき道しるべを標榜している。

平成21年首相直轄諮問会議「経済政策諮問会議」メンバー、政策立案にも携わり「中小企業金融円滑化法」立案にコメントする。経済書籍、小説など著書15冊以上を出版、42歳で透析患者、55歳で腎臓移手術以来リハビリの成果で健康的な生活が出来るまでに回復した。 令和2年武漢肺炎(新型コロナウイルス)の慢性既往症ある知人が家族にも看取られないまま悲惨な最期を迎えたと知り、一刻も早いコロナ禍の終焉を願っている。

≪宗旨、所属≫臨済宗雲水、町田宗鳳禅師に師事、天河弁財天社たたら講構成員、祐気採りの会斎主

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