二十四節気は1年を24の節に分け、節気ごとに命名して気候の変化、推移を知り、社会や生活の中で季節感を役立てるものです。

9月19、20日「岸和田だんじり祭」です。

■9月19、20日「岸和田だんじり祭」です。■

0909_9.jpg岸和田だんじり祭り」は、元禄16年(1703)岸和田藩主:岡部長泰公が京都伏見稲荷を城内三の丸に勧請し、米・麦・豆・粟・ヒエなどの五穀豊穣を祈願したのが始まりと伝わる約300年の歴史と伝統を誇るお祭りです。
 
地車:だんじり」とは、白木造りの大きな山車のこと。忠臣蔵などの精緻な彫刻が施された山車は、揃いの法被姿の若者達に曳かれ、お囃子連中を乗せて城下町を駆け回ります。行列の途中、他の山車に合うと、競い合いや衝突になることもあり「けんか祭り」「血祭り」とも呼ばれる所以です。
 
120910_23.jpg地車が辻々を勢いよく直角に曲がる「やりまわし」は、ブレーキの役目をする左右の前テコと、舵を取る後テコのタイミングが難しく腕の見せどころで、一番の見どころ。日が暮れると提灯を灯し、昼間の勢いとは逆にゆっくりと練り歩く雅やかさが魅力です。
 
地車が宮入りする「岸城神社」は、南北朝時代に京都八坂神社を勧し、五穀豊穣を祈願する神明社を築き、産土大神として祀ったのが始まりです。後に、岸和田城主が素戔嗚尊を沼村より城内へ移し、八幡大神とともに祀り、牛頭天王社、八幡大菩薩社と呼ばれ、篤く信仰されました。

 
寛永年間には城主:松平康重公が境内に春日社、愛宕社、菅原社を建立し、寛永17年(1640)岡部宣勝公が城主となり、万治4年(1661)社殿を修改築するに至り、本殿と拝殿は、明治29年(1896)に旧岸和田藩民と氏子によって建てられました。
 
120910_24.jpg岸和田城が「千亀利(ちぎり)城」と呼ばれたことに因んで、縁結びの神としての参詣が多く、厄除け、安産の神としても信仰を集めています。昭和36年御鎮座600年祭が執り行われ、昨年平成23年は御鎮座650年祭が執り行われました。

 
だんじり祭りの圧巻は、岸和田祭宮入り「こなから坂」を駆け上がるだんじりの姿はとても圧巻です。
 
岸城神社
◇大阪府岸和田市岸城町11-30
◇南海本線「岸和田駅」徒歩8分「蛸地蔵駅」徒歩6分
◇岸城神社参考ブログ
http://www.norichan.jp/jinja/shigoto/kishigi.htm
◇だんじり祭り公式http://www.city.kishiwada.osaka.jp/site/danjiri/

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆
110909_20.jpg勇壮な祭りで知られる「岸和田だんじり祭り」です。夏の終わりは「だんじり」といったイメージが全国的に定着したの祭礼です。また、公式HPには曲がり角での見物に関する注意事項が出ていたり、怪我人が出ないようにといったこころ配りが感じられます。
まだまだ残暑厳しい時期です。お出かけの際にはには、熱射病と怪我にご注意下さい。
季節変わり目です。読者の皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白

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八木雲水プロフィール
セントラル総合研究所・八木宏之
八木雲水
開運占卦気学祐気方位鑑定

「淮南子」(紀元前170年ごろ編纂)を信奉、陰陽家五行説、古神道、納音、暦を観ながら時の政権の為政者、経営者、リーダーの悩みや向かうべき方向を示唆している。 平成6年、畿内にて陰陽道、道教、妙見信仰を教学、「空」の存在を認識し先人の英知を得る。為政者、経営者へ経世在民を指導、信条の「ともに歩む」を基本に、激変する社会環境でこれからの進むべき道しるべを標榜している。

平成21年首相直轄諮問会議「経済政策諮問会議」メンバー、政策立案にも携わり「中小企業金融円滑化法」立案にコメントする。経済書籍、小説など著書15冊以上を出版、42歳で透析患者、55歳で腎臓移手術以来リハビリの成果で健康的な生活が出来るまでに回復した。 令和2年武漢肺炎(新型コロナウイルス)の慢性既往症ある知人が家族にも看取られないまま悲惨な最期を迎えたと知り、一刻も早いコロナ禍の終焉を願っている。

≪宗旨、所属≫臨済宗雲水、町田宗鳳禅師に師事、天河弁財天社たたら講構成員、祐気採りの会斎主

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