二十四節気は1年を24の節に分け、節気ごとに命名して気候の変化、推移を知り、社会や生活の中で季節感を役立てるものです。

9月17、18日「岸和田だんじり祭」です。

■9月17、18日「岸和田だんじり祭」です。■
120910_23.jpg岸和田だんじり祭り」は、元禄16年(1703)岸和田藩主:岡部長泰公が京都伏見稲荷を城内三の丸に勧請し、米・麦・豆・粟・ヒエなどの五穀豊穣を祈願したのが始まりと伝わる約300年の歴史と伝統を誇るお祭りです。
 
地車:だんじり」とは、白木造りの大きな山車のこと。忠臣蔵などの精緻な彫刻が施された山車は、揃いの法被姿の若者達に曳かれ、お囃子連中を乗せて城下町を駆け回ります。行列の途中、他の山車に合うと、競い合いや衝突になることもあり「けんか祭り」「血祭り」とも呼ばれる所以です。
 
地車が辻々を勢いよく直角に曲がる「やりまわし」は、ブレーキの役目をする左右の前テコと、舵を取る後テコのタイミングが難しく腕の見せどころで、一番の見どころ。日が暮れると提灯を灯し、昼間の勢いとは逆にゆっくりと練り歩く雅やかさが魅力です。
 
120910_24.jpg地車が宮入りする「岸城神社」は、南北朝時代に京都八坂神社を勧し、五穀豊穣を祈願する神明社を築き、産土大神として祀ったのが始まりです。後に、岸和田城主が素戔嗚尊を沼村より城内へ移し、八幡大神とともに祀り、牛頭天王社、八幡大菩薩社と呼ばれ、篤く信仰されました。

 
寛永年間には城主:松平康重公が境内に春日社、愛宕社、菅原社を建立し、寛永17年(1640)岡部宣勝公が城主となり、万治4年(1661)社殿を修改築するに至り、本殿と拝殿は、明治29年(1896)に旧岸和田藩民と氏子によって建てられました。
 
110909_20.jpg岸和田城が「千亀利(ちぎり)城」と呼ばれたことに因んで、縁結びの
神としての参詣が多く、厄除け、安産の神としても信仰を集めています。昭和36年御鎮座600年祭が執り行われ、昨年平成23年は御鎮座650年祭が執り行われました。

 
だんじり祭りの圧巻は、岸和田祭宮入り「こなから坂」を駆け上がるだんじりの姿はとても圧巻です。
 
岸城神社
◇大阪府岸和田市岸城町11-30
◇南海本線「岸和田駅」徒歩8分「蛸地蔵駅」徒歩6分
◇岸城神社参考ブログ
http://www.norichan.jp/jinja/shigoto/kishigi.htm
◇だんじり祭り公式http://www.city.kishiwada.osaka.jp/site/danjiri/

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆
勇壮な祭りで知られる「岸和田だんじり祭り」です。夏の終わりに「だんじり」といったイメージのお祭りです。また、公式HPには曲がり角での見物に関する注意事項が出ていたり、怪我人が出ないようにといった配慮が感じます。
まだまだ残暑厳しい時期です。お出かけの際にはには、熱射病と怪我にご注意下さい。
季節変わり目です。読者の皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白

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八木宏之プロフィール
セントラル総合研究所・八木宏之
株式会社セントラル総合研究所
代表取締役社長

連帯保証人制度見直し協議会発起人。NPO法人自殺対策支援センターLIFE LINK賛同者。
平成8年、経営者への財務アドバイスなどの経験を活かし、事業再生専門コンサルティング会社を設立。以来14年間、中小企業の「事業再生と敗者復活」を掲げ、9000件近い相談に応えてきました。
事業再生に関わる著書も多く出版。平成22年5月『たかが赤字でくよくよするな!』(大和書房)など多く出版。平成14年、『借りたカネは返すな!』(アスコム)はシリーズ55万部を記録しました。
著書の紹介はこちらから。

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