二十四節気は1年を24の節に分け、節気ごとに命名して気候の変化、推移を知り、社会や生活の中で季節感を役立てるものです。

9月15日「京都、石清水八幡宮祭」です。

■9月15日「京都、石清水八幡宮祭」です。■

0909_5.jpg石清水八幡宮は、宇佐八幡宮(大分)、筥崎宮(福岡)とともに「日本三大八幡宮」の一つに数えられています。通称「男山八幡宮」。社格は明神二十二社の上七社の一つで、旧社格は官幣大社です。
 
本殿他、建造物9棟が国の重要文化財指定。本社は、伊勢神宮に次ぐ国家第二の宗廟とされています。
 
御祭神は、中御前に「誉田別命」(ほんだわけのみこと=応神天皇)、西御前に「比咩大神」(ひめおおかみ=宗像三女神)、東御前に「息長帯姫命」(おきながたらしひめのみこと=神功皇后)の三神を祀り「八幡大神」と総称します。
 
男山」は、京都の裏鬼門にあたり、桂川、宇治川、木津川の3つの川の合流点を挟んで「天王山」と対峙する交通の要所で、政治的にも重要な拠点です。
 
120910_22.jpg清和天皇即位翌年の貞観元年(859)夏、弘法大師空海の弟子で南都大安寺の僧行教が宇佐神宮に参詣した折「われ都近く男山の峰に移座し国家を鎮護せん」との神託を受けました。翌年、清和天皇の命により社殿を建立し創建とします。
 
石清水」の社名は、もともと男山に鎮座していた石清水山寺に由来。京都の表鬼門「比叡山延暦寺」と対峙して、京都の裏鬼門を守護する王城守護の神、王権・水運の神として皇室・朝廷より篤い信仰を受けました。また、源氏、足利氏、徳川氏、今川氏、武田氏など、多くの清和源氏が氏神として信仰したことから、神・弓矢の神・必勝の神として崇敬されました。
 
現代では、松下電器産業創業者で経営の神様とも称された松下幸之助が深く信仰したほか、厄除開運、必勝、商売繁盛、家内安全などの御利益を願って全国から参拝者が訪れます。
 
石清水祭」は、貞観5年(863)旧暦8月15日に八幡大神が男山の裾を流れる放生川のほとりに魚鳥を放ち「生きとし生けるもの」の平安と幸福を願ったのが始まりです。勅祭として斎行されたのは天暦2年(948)のこと。国家の安寧と国民の幸福が祈願されました。
 
110909_18.jpg勅祭」とは、天皇陛下のお使いである勅使が直々に天皇からの供物を供えに参向される祭典のこと。全国8万社在る神社の中で、勅祭が行なわれる神社は16社です。
 
石清水祭は、「葵祭」の名で親しまれる「賀茂祭」(京都)「春日祭」(奈良)とともに「三大勅祭」の一つに数えられています。
 
石清水八幡宮
◇京都府八幡市八幡高坊30
◇京阪電車「八幡市駅」ケーブル約3分「男山山上駅」徒歩5分
◇公式HP
http://www.iwashimizu.or.jp/

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆
経営の神様と呼ばれた「松下幸之助」が、深く信奉した岩清水八幡宮例祭です。石清水祭りのクライマックスは、真夜中、松明や提灯の灯りだけを頼りに八幡大神をお乗せした御鳳輦(ごほうれん)が、、約500名の神人と呼ばれるお供の列を従え、男山山上の御本殿から山麓の頓宮へとお下りになる「神幸行列」、早朝空が徐々に明けゆく静寂の中粛々と斎行される「奉幣の儀」。これらはまさに平安絵巻から飛び出してきたかのような、尚典雅の優雅さを現代に伝え、文化と歴史を目の当たりにする〝動く古典〟として貴重な文化財といえるでしょう 。
このようにHPにコメントがあります。平安絵巻が高尚典雅の風と表現される、「動く古典」を一見したいものです。
お出かけの際には、昼間が暑くても9月の夕暮れはやや冷えるものです。
夜風などでお風邪をお召しにならないようお体ご自愛専一の程
筆者敬白

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八木雲水プロフィール
セントラル総合研究所・八木宏之
八木雲水
開運占卦気学祐気方位鑑定

「淮南子」(紀元前170年ごろ編纂)を信奉、陰陽家五行説、古神道、納音、暦を観ながら時の政権の為政者、経営者、リーダーの悩みや向かうべき方向を示唆している。 平成6年、畿内にて陰陽道、道教、妙見信仰を教学、「空」の存在を認識し先人の英知を得る。為政者、経営者へ経世在民を指導、信条の「ともに歩む」を基本に、激変する社会環境でこれからの進むべき道しるべを標榜している。

平成21年首相直轄諮問会議「経済政策諮問会議」メンバー、政策立案にも携わり「中小企業金融円滑化法」立案にコメントする。経済書籍、小説など著書15冊以上を出版、42歳で透析患者、55歳で腎臓移手術以来リハビリの成果で健康的な生活が出来るまでに回復した。 令和2年武漢肺炎(新型コロナウイルス)の慢性既往症ある知人が家族にも看取られないまま悲惨な最期を迎えたと知り、一刻も早いコロナ禍の終焉を願っている。

≪宗旨、所属≫臨済宗雲水、町田宗鳳禅師に師事、天河弁財天社たたら講構成員、祐気採りの会斎主

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