二十四節気は1年を24の節に分け、節気ごとに命名して気候の変化、推移を知り、社会や生活の中で季節感を役立てるものです。

3月27~28日「東京、品川 千体荒神大祭」です。

■3月27~28日「東京、品川 千体荒神大祭」です。■

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千躰荒神の名で知られる「龍吟山海雲寺:かいうんじ」は、鎌倉時代の建長3年(1251)僧不山(そうふざん)によって開基の臨済宗海安寺の末寺でしたが、のちに曹洞宗に改宗されました。

「千体荒神」の由来は、三百余年前の島原の乱「鍋島甲斐守直澄公」が鎮圧に出陣なさいました。道すがら肥前天草の荒神ヶ原に鎮座の荒神様に必勝祈願をなさって出馬したところ、甲斐守様の先頭に千余の神兵が現れました。

その行動は、荒神王と思はれるすさまじさに圧倒され、暴徒も鎮定しました。 その後に霊験あらたかとして海雲寺に引き継がれたものと伝わります。

真言:おん けんばや けんばや そわか おん あら はしゃのう あきに びぎゃら うん そわか
200319_26.jpg荒神(こうじん)は、竈の神・火の神・水の神として知られ、火伏せ信仰の寺として多くの人が護符と荒神松を求めて参詣します。

護符を頒布する祭礼は、江戸時代から続く春秋の例大祭。千躰荒神王がご開帳となり、家内安全、火災消除を祈願して大護摩修行が行われます。各家庭の台所に祀っているお宮を風呂敷に包んで持参し、護摩の火で清めてもらい、新しいお札を頂いて帰ります。その帰り道では決して寄り道をしてはいけないとされています。

境内や門前の旧東海道には、縁起物のお釜の形をした名物「窯オコシ」や、荒神松、くず餅などが売られる他、多くの露店が立並び多くの参拝者で賑わいます。

春は3月27~28日、秋は11月27~28日。

海雲寺
品川区南品川3-5-21
◇京浜急行「青物横丁駅」徒歩5分
◇品川千躰荒神王Web:http://www.sentaikoujin.com/index.html

◆◆◆◆参考:品川は◆◆◆◆ 
東京「品川:しながわ」といっても、品川という川があるわけではありません。もともと、目黒川の下流から河口付近一帯の地域を品川と言いました。

品川の名の由来は、目黒川の古名とする説と、上無川(神奈川の語源)に対して、下無川(しもなしかわ)が略されて品川になったとする説。高輪に対して品ヶ輪とした説などがあります。

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目黒川は北品川と南品川の間を流れ、現在は天王洲アイルの南側で東京湾に注いでいます。旧東海道から沖合いの殆どが近代以降の埋め立て地となっています。

江戸時代には、東海道、江戸口の一番目の宿場町「品川宿」として栄えました。江戸の港町としても栄え、上方へ向かう廻船が品川湊から出航しました。

また、日本初の鉄道が「品川-横浜(現在の桜木町駅)間」に敷設されたのは、明治4年(1872)6月のことで、これは「新橋-横浜間」に先立つ仮開業です。現在では東海道新幹線の停車駅になっています。

品川宿では千体荒神祭の他に、宿場祭り、虚空蔵尊祭、天王祭などが有名で、それぞれ大いに賑わいます。

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八木雲水プロフィール
セントラル総合研究所・八木宏之
八木雲水
開運占卦気学祐気方位鑑定

「淮南子」(紀元前170年ごろ編纂)を信奉、陰陽家五行説、古神道、納音、暦を観ながら時の政権の為政者、経営者、リーダーの悩みや向かうべき方向を示唆している。 平成6年、畿内にて陰陽道、道教、妙見信仰を教学、「空」の存在を認識し先人の英知を得る。為政者、経営者へ経世在民を指導、信条の「ともに歩む」を基本に、激変する社会環境でこれからの進むべき道しるべを標榜している。

平成21年首相直轄諮問会議「経済政策諮問会議」メンバー、政策立案にも携わり「中小企業金融円滑化法」立案にコメントする。経済書籍、小説など著書15冊以上を出版、42歳で透析患者、55歳で腎臓移手術以来リハビリの成果で健康的な生活が出来るまでに回復した。 令和2年武漢肺炎(新型コロナウイルス)の慢性既往症ある知人が家族にも看取られないまま悲惨な最期を迎えたと知り、一刻も早いコロナ禍の終焉を願っている。

≪宗旨、所属≫臨済宗雲水、町田宗鳳禅師に師事、天河弁財天社たたら講構成員、祐気採りの会斎主

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