二十四節気は1年を24の節に分け、節気ごとに命名して気候の変化、推移を知り、社会や生活の中で季節感を役立てるものです。

2月11日「奈良、橿原神宮例祭」です。

■2月11日「奈良、橿原神宮例祭」です。■
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神武天皇の出生は、庚午年1月1日。在位期間は辛酉年1月1日(紀元前660年=弥生時代にあたる)から神武天皇76年3月11日とされます。
100歳を越える年齢で、とても一人の人物が行ったとは思えないほどの業績などから見て、実在の人物ではないとするのが一般的。
日本神話の一部として理解すべきでしょう。
古事記では「神倭伊波礼琵古命:かんやまといわれひこのみこと」と称され、「日本書紀」では「神日本磐余彦尊:かんやまといわれひこのみこと」、「始馭天下之天皇:はつくにしらすすめらみこと」、「若御毛沼命:わかみけぬのみこと」、「狹野尊:さののみこと」、「彦火火出見:ひこほほでみ」と称されます。
「神武天皇」という呼称は、奈良時代後期の文人・淡海三船(おうみのみふね=天智天皇の皇子大友皇子の曽孫)が歴代天皇の漢風諡号を一括撰進したときに付されたとされます。
190204_20.jpg◇紀元2600年奉祝式典◇
神武天皇在位中の皇居があったとされる畝傍山(うねびやま)の東南、橿原の地に「橿原神宮」があります。昭和15年(1940)には、紀元2600年奉祝式典が全国各地の神社で行われ、橿原神宮には昭和天皇も行幸しています。参拝者は年間1000万人ともいわれます。
 
畝傍山の「畝傍」(うねび)とは、「火がうねる」の意。古代人がこの山を「火山」と認識していた可能性があります。実際に頂上近くの緩い傾斜面は、黒雲母安山岩(火山岩)で形成され、ざくろ石黒雲母流紋岩の流離構造を示す貫入岩も存在します。
 
江戸時代以前は、山上に70以上の寺院が存在していました。現代でも曹洞宗慈明寺が畝傍山西麓にあります。寺の傍に「畝火山口神社」があり、付近には藤原宮跡、飛鳥宮跡など数々の古墳があります。明治に入り、神武天皇の宮(畝傍橿原宮)があったとされる畝傍山の麓に橿原神宮を興し、それまで多武峰(とうのみね=奈良県桜井市)で奉祭してきた神武天皇の「御霊」を移したとされます。
190204_21.jpg◇橿原神宮、紀元祭◇
ここで行われる2月11日「紀元祭」は、宮内庁の勅使も参向して、全国からの参拝者で賑わいます。
 
◇神武天皇崩御◇
古事記には137歳で亡くなり「御陵在畝火山之北方白檮尾上也」御陵は、畝傍山の北の方の白檮(かし)の尾の上にありと記され、日本書紀には127歳で亡くなり「葬畝傍山東北陵」畝傍山の東北陵に葬ると記されています。宮内庁の定めによれば、奈良県橿原市大久保町の山本ミサンザイ古墳が「畝傍山東北陵:うねびのやまのうしとらのすみのみささぎ」です。
 
神武天皇崩御の4月3日には、宮中や神社で神武天皇祭が毎年行われています。すべての天皇は、皇居宮中三殿のひとつ「皇霊殿」に祀られます。
 
190204_22.jpg◇「紀元」とは・・・◇
歴史上の年数を数えるときの基準となる最初の年をいいます。日本では明治15年11月15日に、神武天皇即位の年を元年と定めました。これを「皇紀」と呼びます。
西洋ではキリスト降誕の年を元年と定め、今日では世界中でこれを用いています。皇紀元年は
「西暦では紀元前660年」です。

橿原神宮
◇奈良県橿原市久米町934番地
◇近鉄南大阪線・吉野線 橿原神宮前駅すぐ

◇橿原神宮公式HPhttp://www.naranet.co.jp/kashiharajingu/index.html
 
◇ ◇ ◇ 編集後記 ◇ ◇ ◇
120210_30.jpg橿原神宮祭には大音量の街宣車で街中を走られると、楽しい思いをする方はいないでしょう。歴史認識の違いはわかるのですが、告知方法を考えて欲しいものです。
さぞかし神武天皇もお嘆きのことでしょう。
読者の皆様、寒さの中にも春の気配を感じる時期になりました。
時節柄お体ご自愛専一の程
筆者敬白

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八木雲水プロフィール
セントラル総合研究所・八木宏之
八木雲水
開運占卦気学祐気方位鑑定

「淮南子」(紀元前170年ごろ編纂)を信奉、陰陽家五行説、古神道、納音、暦を観ながら時の政権の為政者、経営者、リーダーの悩みや向かうべき方向を示唆している。 平成6年、畿内にて陰陽道、道教、妙見信仰を教学、「空」の存在を認識し先人の英知を得る。為政者、経営者へ経世在民を指導、信条の「ともに歩む」を基本に、激変する社会環境でこれからの進むべき道しるべを標榜している。

平成21年首相直轄諮問会議「経済政策諮問会議」メンバー、政策立案にも携わり「中小企業金融円滑化法」立案にコメントする。経済書籍、小説など著書15冊以上を出版、42歳で透析患者、55歳で腎臓移手術以来リハビリの成果で健康的な生活が出来るまでに回復した。 令和2年武漢肺炎(新型コロナウイルス)の慢性既往症ある知人が家族にも看取られないまま悲惨な最期を迎えたと知り、一刻も早いコロナ禍の終焉を願っている。

≪宗旨、所属≫臨済宗雲水、町田宗鳳禅師に師事、天河弁財天社たたら講構成員、祐気採りの会斎主

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